3-3-2.人間に残る機能と役割
機械にとって到達できない、あるいはしようとしない領域があるとしたら、そこが人間に残される可能性のある領域だと言えるでしょう。
ただし、それは機械にとって、人間だけが果たせる何らかの意義があるとみなされ、それが機械にとって何らかのメリットやベネフィットが得られる可能性があるとみなされるような機能と役割に限定されることになると思われます。
それはどのようなものなのか検討してみることにしましょう。
3-3-2-1.需要創出
前項で確認した需要のコントロールという能力は機械が獲得することができないものではないかと考えることができました。中でも需要そのものを機械が独自に生み出すことはできないと考えられます。
需要とは何でしょうか?
広義では「何か必要とするものを手に入れようとすること」、SCMを含む経済的な活動における狭義の意味としては「市場において交換・販売を目的として提供されている財やサービスを購入しようとする行為」というのが一般的な定義のようです。
この需要というものは、必要なものを手に入れたいと欲する人間の心、精神のはたらきが元になっている考えや行為だということが言えるのではないでしょうか。
人間はこのような需要がある状態から実際に「購買行動」を起こし、続いて「消費行動」を起こすことで需要を発生させるということになります。
では需要行動の実際の発動である購買行動に至るまでの人間の精神のはたらきとはどのようなものでしょうか。
まず人間の精神のはたらきには「無意識」と「意識」があります。言ってみれば無意識は眠っている状態に代表される心の状態で、意識(的)というのは目が覚めている状態であり他者とは違う「自分」であることに気付くことだと言えます。
人間に限らず生命体が何かの行動を起こす元となる心のはたらきの一つに「欲求」があります。欲求は自分が何かを得ようとする心のはたらきで、他者が持つべき欲求を自分がその代わりに持つということは不可能だと考えられます。
これは通常は意識のある時の心のはたらきですが、ときに無意識の領域からのはたらきかけで欲求を持つこともあります。この欲求は「1-2-3-2.既得権とはどのようなものか?」で検討の枠組みとして使用した「マズローの欲求五段階説」で有名です。
この欲求から「理性」のはたらきにより何かをしたい、しようと思うことを「意思」と表現しています。また同じように「感性」のはたらきにより何かをしようと決意することを「意志」と使い分けることができると思います。
もっともこの二つは時により人によりこのように厳密に使い分けられていないことも多く、その違いは厳密なものではありませんがここでの議論ではこのような二つを「理性」と「感性」のはたらきの違いとして表現したいと思います。
この「意思」と「意志」を持つことによって「行動」を起こすことになると考えられます。そして人間は自分の意思と意志を発揮するということにおいて「自由」と「責任」を持っていると言えます。
「意志」が何かの対象に対してその実現を目指そうという積極的で具体的なものに変わると「意欲」という言葉で表現されるべき心のはたらきになります。「よしやるぞ」という意気込みと言い換えることもできそうです。
もっともこのような仰々しいプロセスを経ないで意志から直接行動に移せるような軽い意味合いのものも存在しています。
そしてこの「意欲」の元になっているものが人間の持つ「欲望」ではないかと考えられます。「欲望」の中身は、「食欲」「権力欲」「自己顕示欲」などいわゆる「〇〇欲」という言葉で表現されるようなものです。「〇〇したい」と自分の中の無意識の領域からあるいは感覚に根差して湧き上がってきて、自分では簡単には抑制できないようなものとして想起できるのではないでしょうか。
この欲望が人間の行動に対して与える絶大な影響力、この欲望がいかに人間の行動を支配しているかということの実例として二つの例をあげてみます。
かつてインターネットが普及する最初の段階で恐らくもっとも流通量が多かったコンテンツが性的な内容で、それも犯罪すれすれかそれを侵犯するようなものだったのではないでしょうか。こういったコンテンツの需要の総量は恐らく他のコンテンツを圧倒し、この需要に応えるために膨大な技術開発の時間と労力とコストがかけられ、それが技術開発や製品(アプリ)開発の最大とも言える推進力になったということがありました。
現在の生成AIの技術開発においても、ディープフェイクの技術開発を強力に推し進めているニーズとして同様の種類のコンテンツがあり、著名人が名誉棄損に当たるような被害を被ったりする事件が発生しています。
人間の奥深くから止めどもなく湧き上がってくるような欲望は、人間の現実の行動による需要の生成やそれに対する供給、更にそれをより効率的、生産的に供給できるようにする技術開発の最大の推進力になっているのではないでしょうか。
「民間」領域の最大要因であるそれと双璧をなすのが「軍事」関連でしょう。核技術の開発や発展は言うに及ばず、インターネット、化学兵器、クローンや遺伝子操作、ドローン、ロボットなどに加えて恐らくAIも最大の目的は軍事関連だと思われます。
「敵」よりもいち早く技術開発を進めなくては技術力と兵力の優位性を失うことになるという狂気とも言える危機感が、敵に先んじたいという強力な欲望が、選択と集中の究極の対象として軍事目的を最高の優先順位に位置付けていると言えるでしょう。
結果としてその軍事用途の技術が民間に「転用」されることによって、私たちもそれから幾分遅れて恩恵を受けることになっています。そのメリットを享受できていることによって、私たちはそれを「必要悪」として受け入れている、つまり社会として同意し、加担しているということになっています。
やはり私たち人間は「自分の欲望」を止めることができないのですね。
【 行動に至る人間の心のはたらき 】
これらの人間の精神のはたらきの中で、将来的に機械にも持つことができそうなものとそうでなさそうなものが区別できそうです。
恐らく一番最初に持つことが想定できるのが「意識」ではないかと考えられます。現在のAIが集積度を増してより高度な複雑性を獲得していくことにより、いつか「意識」に相当する能力を身に着けるのではないかと考えられます。
もしそうなったときに同時に、機械が「無意識」を持つことになるのかは分かりません。その時には機械も夢をみるようになるのでしょうか?