『SCMの真髄を追い求める旅へ』

〜とあるベテランSCMコンサルタントの独白〜 35年以上の経験を持つSCMコンサルタントがこれまで言わなかった本当のことを語り尽くす!

2-1-3.より良くマネージするための準備(その3)

2-1-3-2.SCMにおけるダイバーシティ

 

ダイバーシティという単語がはやり言葉のように様々な場面で語られるようになっていますが、SCMという文脈ではどのようにとらえるべきなのでしょうか?
前項で検討したサプライチェーンにおける合意形成のための共感力を駆使した対話という観点で、ダイバーシティをどのように理解し実践にどう活かすべきなのかという論点で検討してみたいと思います。

 

まずダイバーシティとは何か?とGPT-4に尋ねてみました。
(※2024年6月時点)

 

ダイバーシティ(Diversity)は、直訳すると多様性を意味します。集団において年齢、性別、人種、宗教、趣味嗜好などさまざまな属性の人が集まった状態のことです。もともとは人権問題や雇用機会の均等などを説明する際に使われていました。現在では多様な人材を登用し活用することで、組織の生産性や競争力を高める経営戦略として認知されています。』

 

『ビジネスにおいては、ダイバーシティ経営という考え方もあります。これは、経済のグローバル化少子高齢化が進む中で、企業競争力の強化を図るための施策です。女性、外国人、高齢者、障がい者を含め、多様な人材を活かし、その能力が最大限に発揮できる機会を提供することで、イノベーションにつなげます。
ダイバーシティ経営は、企業の成長や競争優位性を促進する重要な要素となっています。』



ちなみになぜここで突然GPT-4に登場していただいたのかというと、伝統的とは言えないようなある時からビジネスの文脈で使用されるようになっている概念の現時点での定義、一般的な意味と使用法を調べるという目的にとってはこの方法が最適だと思われるからです。
したがって、この回答は「正解」だということにまったく異論はありません。その上でその中身を少し検討してみましょう。

 

『集団において年齢、性別、人種、宗教、趣味嗜好などさまざまな属性の人が集まった状態のこと』が現在の使用法における多様性の基本的な概念ということです。
更に「経営」という観点では『経済のグローバル化少子高齢化が進む中で、企業競争力の強化を図るための施策』という意味合いが付加されます。
ダイバーシティによってどのように「企業競争力の強化」が図られるかというと『多様な人材を活かし、その能力が最大限に発揮できる機会を提供することで、イノベーションにつなげ』るということのようです。

 

ここまでくると100%正解と言い切れなくなるのではないかという違和感を感じます。
『経済のグローバル化少子高齢化が進む中で』主に雇用政策として『多様な人材を登用し活用する』ということが不可避となっているということは事実だと考えられます。日本国内だけに特化してみると、労働力不足は深刻で『女性、外国人、高齢者、障がい者を含め、多様な人材』を雇用し活用しなくてはビジネスのオペレーションそのものが成立しなくなりかねない事態が様々な業界で現実化しています。

 

しかし『多様な人材を登用し活用すること』で『組織の生産性や競争力を高める』ことができるかどうかは現段階では何の保証もありません。ダイバーシティ経営を世に広めたいという人たちは、マーケティング的な意図でその目的を『イノベーション』による『企業の成長や競争優位性を促進する重要な要素』とすること、に「設定」しています。その方が、単に雇用政策上やむを得ず『さまざまな属性の人』を雇用するという後ろ向きなものよりも魅力的に映るからだというのは言い過ぎでしょうか。

 

更に言うと、ここではダイバーシティによる経営上のリスクについては何も語られていません。リスクはないのでしょうか?
『年齢、性別、人種、宗教、趣味嗜好などさまざまな属性の人が集まった状態』は雇用の単価を抑制できることと『イノベーションにつなげ』ることができるというメリット以外にデメリットとなるようなことはないのでしょうか?

 

GPT-4など生成AIは今のところ「大規模言語モデル」によって「次の単語を予測する」ことをネット上に存在している膨大な言語情報を駆使して行っているということのようです。つまりネット上により多く語られている文脈による使用法を多数決的に抽出していると言えるのではないでしょうか。「イノベーション」については多く語られ「リスク」については少なく語られているということを私たちは理解しておかなければならないでしょう。

 

雇用の多様性という意味でのダイバーシティは現実問題として不可避であるだけでなく、言われているような「企業競争力の強化」に貢献するために積極的に推進していく「べき」経営施策であるということには異論はありません。また人権問題という観点からも様々な属性を持つ人たちにできる限り平等な機会を提供することは成熟した社会としてのあるべき方向性であることは間違いないことだと考えられます。
ではそれを前提とするとサプライチェーンのマネジメントにおける合意形成にどのような影響があるのかを検討し、何か問題があるのであればそれに対して何らかの準備や対応策を実施する必要があるわけです。

 

資本主義経済、市場経済、特に日本における第二次大戦後の高度経済成長という歴史を振り返ってみることが必要です。
この世界では唯一最大の価値観は「経済効率性」でした。いかに効率よく、つまり最小のインプットで最大の経済効果をアウトプットとして出すのか、ということを目的として全ての戦略や施策が策定され実行されてきたと考えられます。
これは現在社会問題となっている「環境問題」「少子高齢化問題」などが登場するまで、いわゆるバブル崩壊後も継続して唯一最大の価値観だったと言えるでしょう。

 

経済効率性にとって「多様性」はできれば避けて通りたい難敵です。明らかにコストとリスクに重大な影響を与えることが懸念されるからでしょう。
高度経済成長期の産業界は「大量生産大量消費」をより拡大することを目指してきたと言えます。同じものをたくさん作ることで生産コストを抑えて、一度に大量に輸送し、大規模店舗で同じものを大量に売りさばくことができれば利益は最大化します。
大量生産や大量流通を最大効率で実行するためにはそれを担う労働力は同質で計算可能であることが求められます。「サラリーマン」という言葉に代表されるいろいろな意味で画一的な労働者群を大量に確保し、あたかも機械のように働いてもらうということが最大効率を下支えすることになります。
その時代には労働争議ストライキ(罷業)などの労働条件を巡る「資本家」との軋轢や衝突などはありましたが、あくまでも「ベースアップ(ベア)」などの「画一的な賃金体系」「終身雇用制」「年功序列」という仕組みの中に大量の労働者を取り込んでその同質性を維持してきたと考えられます。

 

そこに登場した最初の多様性は「消費の多様性」でした。ある時期から消費者は他人と同じものでは満足せず自分独自のニーズに合致した他とは違うモノやサービスを求めるようになりました。価格、品質、ものがたり、体験、流通経路、誰から買うかなどなど多様性の発生ネタは年々多様になってきていて今後も消費における多様性はますます幅広く奥深くその種類は増えていくものと考えられます。

 

その消費の多様性に対応するためにサプライチェーンも渋々ですが対応せざるを得ない状況になりました。効率が悪くなるので多様性に対応したくはないのですが、競合との間での競争優位性を保持するためにもサプライチェーンは多様な消費者ニーズに対応するためにサービスの質と量を拡大せざるを得なかったわけです。サプライチェーンは経済効率性の観点では多様化したくはないのです。
この多様性はサプライチェーン上を流通させる製品・商品・サービスそのものが多様化するということであり、それに加えてそれらを多様化させるために必要な仕組み、装置、手段、手法なども多様化するということを意味します。製品自体を多様化させるために製造装置を多様化させ、流通を多様化させるために倉庫や配送手段や注文方法などの物流を多様化させ、マーケティングを多様化させたりする必要があるわけです。
そのようなサプライチェーンの多様化に合わせて、それを担う人間である労働者やその働き方にも少なからず多様化が求められるようになりました。特別な製品を生産するために必要な熟練の技術・技能、経験、資格・免許、ITリテラシー、接客技術、折衝能力、コミュニケーション能力などを適材適所に配置することで最大効率を確保しようとすることが必要になりました。

 

そしてその次に登場しているのが本格的な「人材の多様性」への要請という問題です。
『経済のグローバル化少子高齢化』がその直接の引き金になっていますが、特に日本では少子高齢化の方が先行して多様性導入の契機となりました。定年退職で熟練者が減少し新卒者が思うように確保できず早期退職者が増えることによって働く人が足りなくなってきたのです。そこで、企業は定年退職後の再雇用、女性労働者特に結婚・出産などによる退職者の抑制、外国人「研修生」という労働力の導入、中途採用の拡大、働き方改革、柔軟な雇用体系、副業の容認などにより人手不足に対応しようと努めてきたわけです。
このような状況は皆さんの身近なところでもいくらでも実例があると思います。
この人手不足に対応した雇用の確保という位置付けでの労働者は、経済効率性の観点ではその賃金単価は抑制できる傾向があるという面はありつつも、求められる同質で計算可能な労働力とは言えない要素も含まれてくるということになります。

 

「経済のグローバル化」を起因とした人材の多様性とはどのようなものでしょうか。
典型的な例としては、企業の海外進出に伴った海外での活動を行うための人材確保があります。日本の製造業や流通業が日本国内での少子高齢化による市場規模縮小や景気の低迷により、海外生産や海外市場へ進出するようになってから既に長い年月が経っています。今や海外に拠点を持たない上場企業は皆無ではないかと思われます。
更にコロナ禍を挟んで益々拡大しているいわゆるインバウンド需要への対応としての外国人や外国語を話せる人材の確保、育成は大きな問題となっています。グローバル化が進展している経済においても人間が担当する仕事に関してはそのような人材がまだまだ必要となっています。