『SCMの真髄を追い求める旅へ』

〜とあるベテランSCMコンサルタントの独白〜 35年以上の経験を持つSCMコンサルタントがこれまで言わなかった本当のことを語り尽くす!

3-1-3.解決策は実現できるか?間に合うか?(その5)

3-1-3-3.レジリエンス(続き)

このようなレジリエンスを確保するための事前準備を経営資源という観点で整理してみましょう。

 

ヒト:
労働力という観点でのレジリエンス確保の事前準備としては「雇用の柔軟性」「ダイバーシティ(多様性)」の確保だと考えられます。柔軟性としては多様な雇用(契約)形態を準備し非常勤を含めた労働力の確保やアプリなどを活用した短時間、特定職種などの就業の募集の仕組みなどが想定できます。
ただしこのような雇用の多様性は「2-1-3-2.SCMにおけるダイバーシティ」で検討したように労働者の同質性が損なわれるというリスクもありますが、これからの日本の労働力不足の時代にはそれを前提とした労務体制が必須となってくるものと思われます。

 

機械:
経営資源という観点ではこれからはAIを中心とした機械を考慮に入れないわけにはいきません。
この機械という観点でのレジリエンス確保の事前準備は前項で検討した技術革新による機械の自律化そのものです。
人間の監督、指示、判断を必要とせず自己完結して自らが担当する職務を全うすることができるような自律的な機械は、何よりも例外的で想定不可能な事態の発生に応じた対応策の検討や実行において人間の大きな手助けができるようになる可能性があります。

 

このヒトと機械の役割分担による連携が全体として「組織としての生命力」の維持、拡大に大いに有効ではないかと思います。

 

モノ:
原材料、資材、燃料など在庫として備蓄することがレジリエンス確保の事前準備となります。自社の範囲を越えて原材料となる天然資源の採集から最終製品の消費の時点までの長いサプライチェーン全体の中でどこの場所にどれくらいの備蓄を保持しておくかを戦略的に判断し協力関係を構築することは一日にしては実現しないのは明白です。
同じくこの観点では製造や輸送など各種の設備をバイパスとして確保しておくという事前準備も含まれるでしょう。経済効率性だけを考慮して拠点や取引先を海外に移転したり、数の論理を利かせるために供給ルートを絞り込んで1ルート当たりの流通量を増やしてきたサプライチェーンでは、レジリエンス確保という観点では脆弱に陥ってしまっている場合があります。

 

カネ:
緊急時の追加投資などキャッシュアウトに備えた内部留保を現金、流動資産として保持したり借入先の確保などが事前準備になると考えられます。

 

情報:
有事の際の行動マニュアルの整備、意思決定基準の整備などが事前準備として想定できます。
それらに加えて、すべての事態にすべてを維持することは不可能だということを共通認識として共有しSCMにおける「トリアージ」の概念を事前準備しておくことが重要と考えられます。



トリアージの本来の医療や災害現場で使用される定義は、
「災害や事故などで同時発生した大量の負傷者を治療する際、負傷者に治療の優先順位を設定する作業。限られた医療資源で最大限の救命効果をもたらそうとするもの。」となっています。
実際の現場での運用は「トリアージタグ」と呼ばれる黒、赤、黄、緑の四色に色分けされ必要事項を記入できるようなカードを使用します。
使用する場所は災害などが発生している現場や病院などの医療機関で、現場でまず実施する一次トリアージと時間の経過とともに実施される二次トリアージの区別があるようです。
対象者(傷病者)の状態により搬送の優先順位や処置の必要性や優先順位が判断され四つの区分に分類することで「限られた医療資源で最大限の救命効果」を実現しようとするものです。

 

四色の優先順位と意味合いは、

 

0.黒:優先順位4位:息をしていない、助けられない

 

I.赤:優先順位1位:重症

 

Ⅱ.黄:優先順位2位:待機できる

 

Ⅲ.緑:優先順位3位:自力で動ける、軽症

 

SCMにおいても有事の際にはその発生した事態の程度によっては、すべての機能を維持することができないということも発生します。その際には限られた経営資源で最大限の経営活動を実施しようとするため、サプライチェーンの供給機能における利害関係者に対するサービス提供の水準に優先順位を付けてそれらに応じた別々の対応を行う必要に迫られるのです。
いずれにしても何かの優先順位をつけて順番に対応を行っていかなくてはならない状況が発生している以上は、現実問題としてそのような行動を今でも既に冷酷に実施しているのです。その際により正しい判断や優先順位付けが行われるかどうかは事前準備次第だということが言えます。

 

これまで検討してきたように、SCMの世界は限られた経営資源の中で限られた時間という緊急性の中で全員が平等に望みがかなうような行動を取ることは不可能な局面が必ずあります。
その際には全体最適という名の部分不最適を選択し利害関係者が迅速に合意しなくてはならないのです。ことが起きてしまってから慌てて右往左往しても何もいい結果は生まれないのです。
野生の厳しい掟に基づいて冷静に一時の感情を排してあらかじめ事前に平時とは異なる優先順位を取り決めておくことができるのか、できないのか。この違いは大きいと言えるのではないでしょうか。

 

そこで医療におけるトリアージの考え方をSCMに導入する必要性があるということになるのです。
医療や災害におけるトリアージはその現場で各疾病者の症状に応じて一人ひとりタグ付けを行います。SCMでのトリアージでは、前もって供給先に相当する各利害関係者(取引先、配送先など)がどの優先度カテゴリーに属しているのかを設定することが必要になります。

 

準備段階の二つ目は、トリアージの四つの区分ごとに「確保した数量の配分」「納期遵守の目標」「復旧の目標」などを設定します。これは有事の際に各区分ごとにどれくらいのサービス水準を維持するかということを定義しておくというものです。



【 SCMのトリアージの設定例(食品・飲料業界) 】

ここまで準備ができていれば何かの突発的事態が発生した場合に、その程度や内容に応じてあらかじめ設定している区分に含まれる各供給先が妥当なのかを検証し、その区分ごとに設定したサービス水準を確保するような緊急対応を行うということになります。

 

またその場合は、発生した突発的事態の深刻度や規模に応じて優先度が高い方から順にどれくらいのサービスを提供できるかどうかが決定されることになると言えます。深刻度や規模に応じて提供できるサービスの質と量の全体が決定されてしまうので、優先度の高い順にその総量を配分していくということになります。
もし準備の内容が事前に設定されていなかったら、突発的事態が発生した後にそのような優先度付けとサービスの質と量の配分を適時実施することは相当困難になってしまうのではないかと想像できます。



SCMにおけるトリアージについては、個人的に私は何度かクライアント企業様にご提案してきましたが、その考え方にはご賛同いただき必要性についてご理解はいただくものの、一度もトリアージの事前設定が実現した経験はありません。
このことがこれまで第一部からここまでSCMの本質と課題について検討する動機やきっかけの一つになっています。
有事はコロナ禍やウクライナ侵攻や地震や噴火などで既に何度も発生しており、その都度日本は国際的な競争力を喪う方向に退歩してきていると思えてなりません。
これからもやはり「ゆでガエル」に近づいていく一方なのか、それを阻止することに少しでも何か貢献できることはないかという思いを抱いています。