『SCMの真髄を追い求める旅へ』

〜とあるベテランSCMコンサルタントの独白〜 35年以上の経験を持つSCMコンサルタントがこれまで言わなかった本当のことを語り尽くす!

1-3-2.形状の静的複雑性(その1)

1-3-2.形状の静的複雑性



サプライチェーンの骨格ともいえる形状(かたち)を複雑にしている要因を「範囲」「詳細度」「時間軸」の三つの切り口で見ていくことにします。
これらの要因による複雑さが理解できれば、サプライチェーンの全体を一枚で表現することができないということが理解できると思います。私たち人間にはせいぜい三次元までしか思考することができません。たとえあなたに天才的な空間認識能力が備わっているとしても、他人と議論し合意を取るという目的のためには紙面や画面の上に分かりやすく表現することができなくてはならず、それが可能なのはせいぜい二次元までなのです。



1-3-2-1.範囲に応じた複雑さ

 

サプライチェーンという言葉自体が「供給の連鎖」ということですから、供給のために必要な各工程が鎖のように繋がっている状態がサプライチェーンそのものと言えます。
範囲に応じた複雑性のもっとも基本的な広がりは、この「供給のために必要な各工程」ということになり、ここではそれを機能工程と呼んできました。

 

【 基本単位の組合せ①:機能工程 】

 

1-3-2-1_①
 
 
 
 




これは説明するまでもないでしょう。販売するためには製造しておく必要がり、製造するためには原材料を調達しておく必要があるというのが供給のための連鎖における工程間の繋がりです。
前項でご紹介した前後の機能工程のフローが背中合わせに鏡像関係にあるというのは、この図で説明すると製造工程の出荷が販売工程の入荷として裏返しの関係になって下向きと上向きの矢印の向きで表現されているということになります。

 

完成品の製造部門の担当者は、営業部門からの出荷要請に応えるために、いついくつ完成品の製造を行うかを決定しその結果として工場にいくつ完成品の在庫を持つかということをPSI作成の過程で決定し、実行に移します。
調達部門では、その工場の製造部門での製造計画を実行するにあたって必要な原材料の在庫を確保するために、いついくつ原材料を調達しておくかということを原材料のPSI作成の過程で決定し、実行に移します。

 

ここまでの検討の対象が仮にある企業にとって「自社」の範囲だとすると、自社を越えた範囲にもサプライチェーンは広がりを持っています。範囲に応じた二つ目の広がりは、この自社を越えたものの供給の連鎖ということになります。
 
もちろん、「自社」の定義は千差万別で関連会社や系列会社、工場を法人化した生産子会社、特約店や代理店など資本関係の有無にかかわらずそれぞれの企業、事業によりその範囲や定義は様々あり得ますが、認識として「うち」と「そと」の区別はどの企業でも線引きしているのではないかと思います。

 

【 基本単位の組合せ②:外部/代替 】

 

1-3-2-1_②

 












「そと」についてさらに言うと、調達先をいくつもさかのぼっていくことにより最終的には何らかの天然資源の採取などにまでさかのぼることになります。鉱物資源、水産資源、動植物など自社からの隔たりの大きさの違いはあってもそこまでさかのぼってサプライチェーンが連鎖しているということは、資源の枯渇や偏りなどが顕在化した際にはSCMにとって相当大きな変動要素や制約となる可能性があることはご理解いただけると思います。

 

自社の範囲を越えた外部だけとは限りませんが、供給の流れが途絶えるような異常事態が発生した場合に自社のサプライチェーンが脆弱であることが顕在化するような事例が2020年代以降になっていくつも発生しました。
そこでサプライチェーンの世界でも「しなやかな強靭性」を持っておくことの重要性が議論されることになりました。いわゆる「レジリエンス」と言われる概念の登場です。私はこのしなやかな強靭性という概念を、柳の枝が風を受けてしなることによって力を受け流し折れることを防いでいるという場面を想起することによってイメージしています。
これまでのSCMでは主にコストに代表される経済効率性だけを重視することで、よりコストの安い供給元や製造拠点への切り替え、集約を闇雲に進めてきました。
それがひとたび自然災害、人災、供給制約、紛争、疫病、人権問題などが発生することにより、いとも簡単に原材料や部品の供給が停止し、製造ラインが長期に亘って停止し、あるいは特定の販売市場を失い、すぐには回復できないという場面を目の当たりにするという経験をしました。

 

つまり日常的な管理対象として日々運用するSCMの対象範囲とはならない場合が多いとしても、この外部や代替というプレイヤーの機能工程までが自社にとってのサプライチェーンの広義の範囲となることは明白でしょう。こういう特性を考慮しても、サプライチェーンの「うち」と「そと」の二段構えの管理は充分にその必要性があると言えます。
あるいは通常の「平時」のサプライチェーンの形に加えて、何らかの突発的な事が発生した「有事」の場合のサプライチェーンをあらかじめ準備しておくという観点を付加したサプライチェーンの再設計が求められていると言えます。もちろんこれにはコストがかかります。

 

この問題は後々詳しく検討することになりますが、ここでは複雑さを形成する原因の一つになっているということをご理解いただければと思います。