『SCMの真髄を追い求める旅へ』

〜とあるベテランSCMコンサルタントの独白〜 35年以上の経験を持つSCMコンサルタントがこれまで言わなかった本当のことを語り尽くす!

1-2-1.超えられない3つの障壁①「時空の壁」:原理的原因(その4)

1-2-1-5.需要予測の方法

 

SCMにおける需要予測は、大数の法則が適用できない不確実性を扱う予測だと述べました。
では現実に行われている需要予測はどのような方法で行っているのでしょうか?未来をどうやって見通すのでしょうか?

 

需要予測における統計的手法というとそれ自体で何冊も本が書けるほど広く深い世界で、先人たちが多くの研究と試行錯誤を続けてきている対象なのですが、ここではHowに相当する統計的手法そのものではなくWhatに相当する需要予測の大まかなステップを簡潔に述べるにとどめたいと思います。
専門的な興味を持たれる方はぜひこの海のように広くて深いマニアックな世界を覗いてみて下さい。ただしどこまで追いかけても果ても底もない世界でもありますので漂流して目標を見失わないようにご注意ください。

 

製造業のSCMの実務の場で需要予測を行っている方法は概ね以下のステップと考えて差し支えないと思います。(もちろんそれぞれに固有の手順はあると思います)

 

①予測の前提となる知識や情報を蓄積し、可能な限り最新情報にアップデートする。
業界特性や製品特性、製品のカテゴリー別の需給上の特徴や考慮点、仕入先や販売先などの取引先との関係、最も精度が高くなることが経験的に分かっている予測する粒度など

 

②過去の販売または出荷(PSIのS)の実績データの中から需要予測に利用する対象の範囲や期間などを抽出、集計、加工する。
対前年同月比、過去数か月移動平均、曜日のずれの補正、単品単位や製品群・カテゴリ単位、地域別や得意先別・販売チャネル別など

 

③過去の実績に含まれない情報を数値として加味する、または過去の実績の中から予測に不要なデータを取り除く。
新規の販促活動の影響、過去の例外的な事象の影響、競合や取引先の状況の変化、定性的な情報の数値への変換など

 

④統計的手法による演算処理などによる予測計算または単純な過去データの加工などにより予測数値を作成する。
標準偏差相関係数、各種回帰分析など、または過去実績データへの四則演算など

 

⑤作成した予測数値を検証して、人間の経験的な「さじ加減」でデータを修正する。
「ここまでは増えないだろう」「この時期はこれくらいバッファを取ったほうがいいだろう」「カテゴリ全体でみるとこの数値は妥当ではないので補正しよう」などのいわゆる勘・経験・度胸(KKD)に依存した行為

 

⑥新製品、限定品、特別な需要や契約に特化した製品など過去の実績データにない製品の予測数値または計画数値を作成する。
過去の類似品のデータからの流用、マーケティングや販売部門からの計画値や期待値の入手など

 

⑦各需給担当者が作成した予測数値を個別および合算して上位者が評価、承認する。



④の統計的手法については予測に関する統計学の専門書をご参照ください。ここでの検討の主旨とは異なるため詳細は割愛します。

 

この後の工程としては通常はPSI計画の作成になりますが、その手順や方法などは個々のケースごとに大きく異なると思いますので一般論としても記述することは控えます。
疑問を持たれる前に一つだけ言及しておくとすると、サプライチェーン全体のPSI計画が需要予測から連動していない場合には、たとえば製造部門が過去の製造実績などから経験的に「製造の予測」を独自に立案してそれをPSI計画のPとして代用するというようなことは多くの企業で見られます。そのようなケースでは、需要予測よりよっぽどその方が当たるとか、需要予測が立てられていないから仕方がない、などその理由自体がSCMの大きな課題であることが大半なのでここでは言及するにとどめたいと思います。

 

これらの工程をどのような道具で実施しているかということについても言及します。
現在SCMの実務として実際に行われていると思われる道具で最も原始的なものとしては表計算ソフトです。原始的というのは失礼な表現ですが、現実には想像以上の多くの企業で需要予測やPSI計画の立案に何らかの形で表計算ソフトを使用しています。理由は様々ですが、計画や需給の担当者にとって柔軟で使いやすいということが多いようですが、一方では担当者個人に属人化してしまっているとか最新版がどれなのか分からないとか共有ができないなど課題が目白押しです。

 

SCMの世界でAIを登場させる場合には必ずと言っていいほど需要予測に代表される予測機能ということに今のところはなっています。
将来的には①から⑦のステップまでAIにより代替可能になってくると想定されますが、当面は少なくとも私が現役の時にはせいぜい①から④までではないかと想像しています。AIの機能や能力からすると一見無理のようにも思える⑤や⑦についてもAIに実施させるべき時がやってくると私は確信しています。
SCMにおけるAIの活用については第3部で皆さんと一緒に検討することにします。